過労死ライン 

パワハラ サービス残業

大手企業であろうと一部上場企業であろうと財閥系であろうと潰れる時は潰れます。

 

バブル崩壊後、当時、絶対潰れないと言われていた金融機関、山一証券やXX銀行の破綻が相次ぎました。(何故か、当時、新聞などのメデイアは倒産と言わず、破綻と表記していました)

 

 

私が勤務していた某財閥系の企業も系列の一番上のHDカンパニーによって他者に売却されることになりました。

 

結構な額の赤字を引き受けることを条件に別企業に売却されることになったのです。

 

ちなみに引受先の新親会社はパワーハラスメントが横行する会社であると、当時、噂されていました。

 

2ちゃんねるなどの掲示板を見ると、その会社の悪口が山のように溢れています。

 

 

新会社移行に伴い、新たなる親会社から管理職が数名、送り込まれてきました。

 

我々、吸収された側の従業員は、彼らのことを、GHQ(占領軍)と呼んでいました。因みにGHQのボスは「偉大なる将軍さま」と陰で呼ばれることになります。

 

 

この時の力関係は終戦直後の日本をイメージしてもらうと分かりやすいと思います。

 

米兵は末端の人間であっても、やりたい放題です。

 

あの当時の状況は、さながら占領軍と敗戦国民のような状況でした。

 

 

仕事のやり方が、がらりと変わり、仕事量も徐々に増えていきました。

 

そのうち、やってもやっても、こなしきれない量の仕事が降りてくるようになりました。スコールのように仕事が上から降ってくるのです。

 

 

私は、当時、1日、14−15時間程度の拘束時間で帰らせてもらっていたのですが、吸収された側、かつての旧会社の管理職の人は、8:00−4:00の勤務でした。

 

午後4時ではありません。朝の4時です。

 

 

夕飯も食べる時間なく、仕事をしているのです。

 

 

午前4時に仕事が終わると会社の机で、そのまま仮眠を取ります。食事は、たぶん昼食のみ。1日1食だけだったのではないでしょうか。

 

 

それで次の日の朝8時には通常通りの勤務が、また始まるのです。

 

これが1日、2日ではなく、ずーーーーーーーーーーっと何か月も続くのです。

 

当然、週末も仕事です。帰宅出来るのは日曜日の午後になってから半日だけ休みがあるというような状況でした。しかも、帰宅は2週間に1回です。

 

 

過労死というのは、こういう風にして起きるのか、と妙に納得したものです。

 

新親会社から送り込まれた役員は、吸収された側の管理職に、こんな状況で仕事をさせておいて自分たちだけ定時で帰宅するのです。

 

しかも、やつれた顔で仕事をしている人間に向かって「何だ、まだいたのか。早く帰れよ」などとニヤけた顔で言い放って。

 

過労死ラインは、とっくに超えています。

 

深夜、早朝まで仕事をしている人たちは管理職なので組合員ではありません。したがって残業手当もつきません。サービス残業ならぬぺナルテイ残業のようでした。

 

そこまで働いても、自分の上司(占領軍)から褒められるどころか、仕事のやり方が悪いとか、どう考えても2週間はかかる仕事を明日までにやっておけ、とか無理難題を吹っかけられて罵倒されるのです。

 

 

コワモテでならした課長が、自分の上司(部長)に泣かされる姿も何度も見ました。

 

部長は子供のケンカのように、皆の前で課長が泣き出すまでイビリ続けるのです。

 

 

目的はひとつ。吸収合併された側の会社の管理職を退職に追い込むためです。

 

管理職というのは給料も高いし、費用対効果を考えると採算が合わないのですね。

 

 

基本的に課長以上の役職の人間は親会社から送り込むから、オマエたちは不要だという考えです。

 

 

ただ単に人件費を削るためのサービス残業もあるのかもしれませんが、こうした単なるパワーハラスメントのサービス残業もあるのです。

 

こうした状況なら早めに転職した方が聡明ですね。

 

 

 

⇒あなたが、転職出来ない理由